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TITLE : 「仮想的有能感」

「仮想的有能感」

他人を見下す若者たち
他人を見下す若者たち
速水 敏彦
より抜粋。

若者は過去より情報の洪水に埋もれている。
そして、インターネットでアイデンティティの発信が容易になった。
これにより「仮想的有能感」を味わうことができる。

また、ソーシャルネットワーキングの発達により、
人と人とのコミュニケーションが容易になった。
これにより、人と人との上下関係が薄れつつもある。

また、大学では教授を評価するシステムなども生まれており、
学生が教授を尊敬するという構造も崩壊しつつある。

特に中学生に顕著なのが、情報過多により
人生のシュミレーションが容易になっている点である。
「この年齢でこういうことをする」のが目に見えているため、
老いることをよいことだと思っていない。
よって、50代のサラリーマン等を見下す傾向がある。

また、近年の若者はお互いを激賞し合う傾向がある。
それぞれのスペシャリティを認め合うことは素晴らしいのだが
逆に批判しあう関係ではないため、敵も少ない。
よって、自己批判から成長することがなく、自分勝手な性格になる。

というのが、本書の内容+独自の知見をまとめたもの。

これこそが
インターネットが生み出した
天上天下唯我独尊の究極系」なのかな、と思った。

昔より情報が入手しやすくなった分、
選択肢が増えて、逆に困るなぁ、というのは僕だけでしょうか。
恐らく、情報の「量と処理」の問題ではないかと思う。

ポジティブな側面、あるいはネガティブな側面を
正確に捉えて、物事を決定しているケースは稀であると思う。

「いいことづくめの世の中」で
「悪いことづくめの未来」を見てきた若者から見れば、
汗水垂らしてるおじさん達は見下すべき存在なんでしょうかね。

うちのおじいさんがよく言っていたことわざで
「三尺下がって師の影踏まず」というものがある。

「師の影を踏むほど近くにいってしまうと、
 師の視点と同じものしか見れなくなってしまい師の模倣になってしまう。
 師を超えていくためには、同じ壁を越えなければならない」

という意味である。

師を見下す。師を評価する。

こんな考えありえーねべ、と横浜弁って愚痴ってみた。




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