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TITLE : 「教育」という名の「暴力」

最近、もっぱら「教育」とは何か。「教師」とは何か。が気になります。
また「親」とは何か。「子」とは何か。も同時にです。

一昨日、カフェで話していたのですが男子校と女子校の話。
僕は男子校で友人は女子校だったのですが
これらは「男/女性であること」という
アイデンティティを埋め込む教育をしている場合が多い。

つまり、僕の場合だったら「男性」であり
紳士的な生き方を教育されており、
女性は「女性」として扱うこと、として教え込まれる。

例えば、
「女性が重い荷物を持っていたら、持って上げましょう」という紳士作法。

これもそうだが、恐らく「女性らしい」人にこういうことをすると
「何て親切な人なんだろう」と思ってもらえる。
なぜなら、淑女教育を受けているから。

でも、そういう教育を受けていなかったら
「なんだ、こいつは」と避けられてしまうこともある。

ジェンダーとかフェミニズムのことはよくわからないけれど、
性別を性別として教育しないことは少し支障が出ると思う。

だから、僕の見解では
男子校、女子校出身者で話をしていたほうが
日本男子、日本女子として教育を受けていたのだから
シンプルで気が楽なのである。

でも、国際的な大学に来て、それを覆された。
高校で学んだ常識は全て水の泡になってしまったわけである。

時間の感じ方、味覚、視力、運動神経、音感など
自分が信じていた価値観などは
ほんのちっぽけな指標にすぎない、そう思うようになった。

ただ、また実社会に戻ると現実が目の前にあるわけで、
果たして今、受けている教育が「暴力」となるか「恩恵」となるかは
まさに自分次第なのである。

あんな教育受けるんじゃなかったとは絶対に言いたくはない。

教育とは「価値観の整理」だと思っている。
何が大切で、何が大切じゃない、と整理すること。

大切なものをわざわざ知ったのだからその世界観で生きるしかない。
だから「人の価値観が理解できても、賛同、協同はできない」と人は言う。

なぜなら、
自分が受けてきた教育を真っ向から否定することができないからだ。

確かに、自分が受けてきた教育が
何の意味も成さなかったとしたら正直、怖い。

しかし、本質的には教育は意味を持たない。
逆に、得するから、即戦力なるからと言って教育を受けたら
結果、意味を成さなかったときに教育そのものを責めるだけになる。

今日も教育は何のためにあるのかみたいな話を友人としていて、
「早期人材育成とか言うけど、結局即席ラーメンみたいなもんじゃない?
 美味いし、カロリーもあるけど、本当に組織にとって栄養あるのか?」
みたいな話になった。

結局、
教育を「お金」とか「時間」でしか見れないのは
浅はかな考えであると思う。

一昔前までは
大学を出たら一生教育機関にお世話にならない、というのが
社会的通念であったが、これからは
生涯教育を一生、たくさんの学校を渡り歩く時代が来るだろう。

そういった中で、友に学ぶ仲間、尊敬できる教師、
自らの教育によって得た文化、価値観に革新を与えてくれる要素に
どれだけ出会えるかが、生きていく中で鍵になってくるはずだ。
posted by Kohei Ishikawa  [ 教育学 ]  comments(0) trackbacks(0)

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