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TITLE : 研究者ってのは政治家に似ている気がする。

ハーバード・サイモンの「学者人生のモデル」を読む。

学者人生のモデル
学者人生のモデル
ハーバート・A・サイモン, 安西 祐一郎, 安西 徳子

特に「政治家としての科学者」の章は必見であり、
理想を掲げて、自分のやりたいことと
現実をすり合わせる生き方そのものはまさに政治家である。

今回の中間発表で感じたことも、批判のされない研究はない。
もし、批判をされなければ、何もしていないことと同じである。

そして、既存の旧体制に対して、何かを投じる。
まさに科学者とは政治家なのだ、と感じた。

研究者とは夢のある生き方だ。
最近、博士後期過程への思いが募る。

こういうことを書くと怒られるかも知れないが、
コンサルも何年続くのやら・・・と。

あえて、本音を言ってみることで我に返る。


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TITLE : 週初めの備忘録:研究においては「思考」よりも「試行」

☆システムを研究・開発するとなると
様々な制約がかかるとか、時間配分しないと行けない、と
ついつい計画を立てることに精一杯になってしまうが
それを「思考」することよりも
プロジェクトを「試行」させること重要なことに気づく。

特に研究活動においては、
机上の空論そのものになりがちである最も危険な分野だ。

よく大学院で何を勉強するの?と聞かれるが
これは全くの間違いであって「研究する」のだ。
勉強するのであれば、もう一度大学に入り直せばいい。

また、自分では研究できないことがあるから
わざわざ環境を選んでいるわけである、

☆慶応大学のSFCで「環境情報」と分野がある。
友人がブログで
「視覚等の精神に与える影響について無茶苦茶興味があった」と
言っていてこの分野を勉強したかったらしい。

今、まさにその分野について研究している自分としては
「視覚等の精神に与える影響について無茶苦茶興味があった」
というフレーズがどうも胸に来た。

かつて、メディアを研究し
人間のインタラクションを研究し
サンバの習得過程を研究している自分としては
やっぱり
「コミュニケーション」
興味があるのである。

コミュニケーションに関しては
「ド下手クソ」な人が非常に多い。僕もその一人だ。
じゃあ、何で「ド下手クソ」なのかと言うと「練習してないから」だ。

今、研究している「身体知」の理論から言うと
練習さえすれば絶対に上手くなる。
確かに向き不向きはあるが本気で練習をして
上手くないのであれば
「天性のド下手クソ」であるわけだから逆に自信を持っていいと思う。
もしくは、その人の人間性に関わる問題である。

一度、言ったことに責任を持てない。
信頼できないことを言う。
不要なことを言う。        
自分でもわからないことを話している。    

と言ったところだろうか。

コミュニケーションとは意図された情報であり、
それを汲み取りデザインしなければ行けない。

そのデザインを支援することが知識共有であり、
ナレッジマネジメントなのだ、と随分と
「原点」について考える今日この頃である。

下記は最近、感銘を受けた林先生のエッセイです。

研究より教育が大切と考えることの誤解

大学教官は「研究」ばかり重視して「教育」には手を抜いているとか, 「研究」は狭く専門的で社会の役に立たないので, 「教育」によって学生の資質を底上げする方が重要だとか, 一方的な研究軽視の論調が最近目立つようになってきました. 悪意的な政策は別にして, このような論調が一般市民にも受け入れられてしまう原因には, 研究と社会(一般に職業的な経済活動)の結び付きが感じられないことからの誤解ではないでしょうか. 以下, その誤解を4つの観点から解いてみたいと思います.
まず, 自分が学生だった頃を振りかえってみても, 「研究」に没頭する先生ほど「教育」にも熱心 でした. ちょっと考えてみれば, 「研究」を通じてそれが何に役に立ち, どこまで解明されてきたかとか, その分野のどこがポイントで, どう学ぶのが効果的かを知るには, その内容に熟知してその少し発展先まで見通せないと出来ないのが当然ですね. このことから, 「教育」の質向上のために限っても, 先端的な「研究」は必要不可欠です. カビが生えたような内容を講義しないためにも. 一方, 非常勤の他大学の学生とのレベルの比較や, 世間話しばかりで講義もせず, 演習のみの宿題の答え合わせを助手に任せる先生が極まれにいましたが, 日々「研究」をしている様子は全く見られませんでした. 世の中でもどうも地位が高くなると節度がなくなってくる傾向があります(極少数なんでしょうが目立ちます)よね. 一方, 優秀で忙しい人ほど, 仕事もきちんとこなすように, 「研究」すると「教育」に手を抜くと考えるのは1つ目の誤解です.

次に, 人材の育成と排出という面で考えてみましょう. 自らの経験を通じて省みると, 企業で活躍していた人々にはおおよそ次のような資質(どれか)がありました.

「自ら判断し行動できる人」 小中学生の目標のような一見当たり前のように思えることですが, 自らの情熱をもとに積極的に行動できない指示待ち人間が 現実にはいかに多いことか. 封建的あるいは階層的な命令指揮系統だけで機能する部門を除いて, 職種を問わず現実社会のいたるところで要求されるこの能力こそ, 本当に身につけるべきものでしょう.
「誠実で部下を大切にする人」 なんでもかんでも上からの攻撃を部下に回すことはせず, ちゃんと意見を聞いてから公正な立場で総意をまとめられる人. 時には厳しい指導があっても, この親分のためなら一肌脱ごうという気になるものです.
「世渡り上手で上司に好かれる人」 ある程度何でもこなし, 上への気配りがうまい, 従来の日本的な適応能力のある人ですが, 出世第一主義が今後どこまで通用するのか?疑問です.
上から順に考えてみましょう. 企業活動でも現場は重要で, そこでの経験が後に効いてくるのは誰しも納得できることだと思います. つまり, 知ったかぶりの理屈だけでは対処できないことが多いわけですね. これと同じように, 「教育」にも限界があります. いかに工夫をしようとも, 講義では既に整理された教科書に基づいた知識の習得が限界で, 日進月歩で変りうる生の, まさに現場の知的活動の経験 は積めません. 既存の学問分野ですら膨大ですから, 限られた時間数で基礎から応用まで学んでも, 数年後に内容が陳腐化するのは当然でしょう. 一方, 即戦力が要求される現在, より実践的な経験を積むには, 大学生活のなかでは研究室における「研究」的な訓練しかありません. 実際の職場体験を1年以上も引き受けるところはありませんし, 1-2週間では何も身に着かないまま終ってしまいます. また, 多忙な業務の中で半人前以前の学生を指導するほど余裕のある社員はほとんど皆無でしょう.
そして, もっと重要なことは, 「教育」では答えのあるマニュアル的な内容にならざるを得ないのに対して, 予め答えがわかならい「研究」では, そもそも何を考えるべきか?から始まって, 何を目標に, 何をどのように調べ, どのようにアプローチすれば解決できそうか, 得られた結果をわかりやすく伝えるにはどう表現したら良いか等, 自ら判断し行動することが強く要求されます. また, 予め科目が定まった学校の講義とは異なって職務では, 全く知らない領域にも必要ならば自らコミット(自分の仕事だと思って勉強) しなければならない事が多々あるのが普通です. 「研究」 でも, 全く無関係に思えた種々の領域が結びついたり, 関連する幅広い話題を調査 しないといけないことは日常的です. 研究室での学生への指導のみならず, 教官自身にとっても未知の領域にチャレンジしているわけですから, 講義に比べて「研究」は勝手気ままにできるので楽だと考えるのは大間違いです(まさに厳しい競争です). これらから, 大学の研究室における「研究」活動の主目的は, 研究職の専門家を養成するのではなく, 「自ら考え行動できる人材や新しい知識を自ら学んでいける人材」を養成することです. 専門家になるのは人数的にも限られてますし, 誰しも自らの専門分野を少しずつ変っていくのが普通です. 一方, 大学4年生の卒論では, 「研究」の準備的な勉強と比較的結果の出やすい実験が精一杯で, 本格的な活動は大学院に入ってからです. 狭い分野だけに固執すると思われがちな大学院におけるこうした「研究」の意義, これが2つ目の誤解だと思います.

次に, 「誠実さ」について考えてみましょう. 真実を追求するのが科学ですから, データを捏造したり, 他人のアイデアを盗んだり, 好き嫌いで事実や論証をねじ曲げるようなことは最も慎むべき行為となります. 逆に言えば, 常に「公正な立場で物事を見て考える」ことが要求されます. また, 人類の発見や知的創造には, 固定観念を破るほどの現象や論証に対する誠実さが重要だったことがもっと語られるべきだと思いますが, 「教育」では知識の伝授や技能習得に主眼がおかれ, 教科書の中ではほとんど割愛されています. やはり, 自ら体験することが必要でしょう. 具体的な「研究」活動を通じてこそ, 「誠実さ」や「公正な立場」が必然的に身につくことに目をむけず, 「研究」をすると理屈臭くなるだけと考えること, これが3つ目の誤解だと思います.

一方, 「何でも出来る」ことは一見重要な気がしますが, 高度かつ細分化された現代社会や科学技術に関する内容を大学(大学院を含めても)在学期間中に予め網羅的に学ぶことは到底不可能です. むしろ, 必要になった時点で身につけられるだけの基礎的素養と, 固定観念に囚われず新しいものを受け入れられる理解力 の方がより重要ではないでしょうか. もちろん, その時々の専門的な知識は即戦力として好ましいでしょう. 逆に, 学部や学科の種類が限定され, 卒業のためには必須という名目で「教育」が行われることを, 専門だけではなく広い教養を身につけるための根拠とするにはどうしても無理があるように思います. 教員数の関係である程度は枠ができるのは仕方ないにしても, 学生自身の目的意識に合致しないお仕着せの「教育」が, 勉強したことが役立ったように思えない理由の1つだと思います. 比率の問題ではありますが, 小学校よりも大学こそ総合科目が必要で, 新しい分野を切り開く「研究」はまさに総合科目と言えます. また, 上意下達は「研究」より「教育」に馴染みやすく, 将来社会人となった時にも, 職務によって全人格的な思想や行為が無意識に制御される危険性を感じます.

最後に, 「研究」そのものが役に立つかどうか?について考えてみましょう. 昨今, 新産業創出が叫ばれてますが, 役立つことが最初からわかっていて研究開発が行われた例があるのでしょうか?世紀の大発明までいかなくても, 新製品でも同じことです. むしろ事実は逆で, 研究開発の当事者自身も半信半疑で, それでも必要性や使命感に燃えて諸々の反対にも屈せず苦悩の末に成し遂げたというドラマがいくつもあることを知っています. 極論として重箱の隅をつつくようなテーマしか手を染めない場合でも, それとて大発見につながる可能性がゼロとは誰も言い切れません. 温故知新は科学技術にも当てはまりますし, 特に近年は基礎的な内容がすぐに応用に結び付いたり, 逆に応用課題を解決するには基礎的なブレークスルーが必要など, 何が重箱の隅かは一概にテーマからは言えませんから, 「研究」に立ち向かう姿勢によるように思います. それより, 流行ばかりを追っていては最初から創造は無理で, 何となく応用につながりそうな(本当に産業に貢献するかは全く未知の)テーマが重宝されることの方が問題ではないでしょうか. 個々の研究資金は少額にして, もっと多様な可能性を探ることが必要で, 応用研究と名をうった大きなプロジェクトに資金を投入すれば産業に貢献できると考えるのは幻想にすぎません. 対外的に大きな研究開発組織が内部的には個々の小組織で比較的自由に, かつ, 先見の明のあるリーダーが方向性を持ってそれらを引率した少数例を除いて, 過去の事例で成功したプロジェクトは聞いたことがありません. また, 箱物設備よりも人材が必要なのであって, 資源を持たない我が国でも可能なソフト系の分野では, 数人規模(せいぜい数十人)の専属の開発者が不可欠と思います. まとめると, 多様な可能性を無視して, ほとんどは講義による「教育」に専念させ, 大規模な応用プロジェクトに重点投資した「研究」なら役に立つだろうとする考え, これが4つ目の誤解だと思います.
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TITLE : 「交渉人真下正義」を見よ。

踊る大捜査線の続編「交渉人真下正義」を早速見てきました。
ここでいきなりレビューを書くと
ネタバレするので、控えめにしておきますが、
今までのテーマは

組織

でした。

「踊る大捜査線 THE MOVIE」では
官僚組織の弊害について、がテーマであり。

「踊る大捜査線2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」では
ネットワーク組織VS官僚組織+女性リーダー、がテーマでした。

今回のテーマは

クラッカーVS交渉人 といったところですが
その裏では、

情報システムVS交渉人の頭脳

といった部分を試されている気がしました。

最近、脱線事故があったので、
感情移入してしまう箇所がたくさんあったのですが、

やはりシステムは人が作り、人が使うものである

ということを再認識させられた作品であります。

ただ、パトレイバーの映画版を見ていた人には
少し残念な箇所があるかもしれません。
(これ以上はネタバレするので止めておきます。)

でも、まず間違いなく日本の歴史に残る名作になることは違いないです。

それでは。
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TITLE : 鉄道の信頼揺らぐ 組織のモラルを問う

携帯電話で「A列車で行こう!5」をやっていた最中、
今回の脱線事故のニュースには胸を痛めています。

まず、第一に運転士が僕と年がさほど変わらないということ。
一つに、組織の教育が何をやってたのか!?という怒りも込み上げますが、
本人が本当に人命を背負っていることを感じていたのか、とも思います。

次に、車掌が運転士と口車を合わせていたこと。
多分、日常茶飯事なんでしょうね。誤魔化すのって。

でもねぇ・・・、あんたぁ・・・。




誤魔化せませんからっ!残念!

日本全国、誤魔化してる方々、
誤魔化したらいずれ痛い目見るんです。
本当にそう思います。

失敗したら認めればいいんです。
そうしたら、まだ信頼は回復できます。

でも、誤魔化した後、最悪の事態になったら
もう信頼は取り戻せません。絶対に。

今回の事件は、みんなJRに憤慨するとは思います。

「悲しい」としか言い表せません。
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TITLE : 今週のトリビア

一つ、一つ感じたトピック同士の関連性はありません。

☆テレビは最も不純なメディアであり
 活字は最も純粋なメディアだ。
 テレビとは躁鬱でいう躁なメディアであり、
 活字は鬱なメディアである。 

☆人間の目というは、かなり簡単にだませる。
 それを解き明かそうとしているのが認知心理学だ。
 よって、認知心理学を学ぶ女性が多い。

☆女子大の友人が大学で学んだことは
 『人生でいかにラクをするか』と言っていた。

☆何にせよ、勝てば官軍である。

☆心は常に複雑であるが、世の中のものごとはシンプルである。

☆何も考えないのが一番ラクである。

☆VODAFONEの携帯テレビは普及していないと思う。
 電車の中で見るのは気恥ずかしい。

☆ダイエット・英語・お金持ちに関する本は常に売れ続けている。
 だから、ヤセてて英語が話せてお金持ちの人が読むような
 本を読むように心がけている。
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TITLE : 町田→神田→横浜 <シャボン玉ホリデー>

というわけで、ふるさとの横浜に帰ってきました。
明後日から、某外資系IT企業で働くための面接があるのですが
明日はホリデーなので町田→神田→横浜に行ってきます。

☆町田というのはブック・オフ町田店という
 日本最大の新古本屋があります。

 なんと地下を含めて4階もあるのですね。

 ここにたまにフラっといくのがたまらないのです。

☆神田もまた古本街、あとお茶の水に楽器を見に行ったりと
 高校生の時の生活が戻ってきた気分です。

☆最後は横浜のロフトと東急ハンズに文房具を見に行く。

あ〜、サブカルな日々だ。
実は秋葉原にはあんまり行きません。

とりあえず、寝ます。
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