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TITLE : なぜ、建設的議論ができないのか

最近、切に考えてることが
「なぜ、建設的議論ができないのか」という点である。

何も準備せず労力もいとわず、
反則技のみを繰り出し、議論をドローにしたままにしている人が多すぎる。

その問題が発生する理由の一つはディベートとディスカッションを混同し、
同意を得ないまま、会話を始めてしまうことである。

ディベートの目的は結論にはなく、思考のプロセスをすり合わせて
相互の意見を潰し合うことで、新たな視点を見出すことにある。
ディスカッションの目的は結論であり、
お互いの論を生産的にすり合わせることで、一つの合意点を目指す。

私が学んだ政策科学においては「争点課題」というものがある。
多角的な面から語らなければ解決しない問題について扱った技法である。
その議論の作法について心得ている人は何の問題も無いのだが、
これを少しかじっただけで技法を振り回すケースが一番、タチが悪い。

私がこれまで体験した中で最悪のケースは
「クリティカル・シンキング」や「考える技術・書く技術」に記されている技法を
そのまま振りかざしてしまう傾向であった。
そのキーワードを言えば、あたかも議論のイニシアチブを取ったかの如く錯覚するのだ。
また、相手を感情的にさせるような言葉を投げかけることで
議論の方向性をすり替えてイニシアチブを取るケースも多々あった。

これが二つ目の理由で
相手と議論ができなくなるような反則技を繰り出す人が多いという点にある。

「それは今、話すべきテーマではない。」
「あなたの言ってることは間違いだ。そんなことも知らないのか。」
「それは一般化しすぎているから、あなたの意見は間違いだ。」

このような台詞をどこか聞いたことはないだろうか。

建設的議論を成し遂げるためには
「相手の意見を徹底的に聞くこと」と
「それに対する効果的で価値のあるコメント」が必要である。

相手の知識のなさ、思考の浅はかさをひけらかしても、あまり意味は無い。

よって「言いたいこと」を言うよりも「言うべきこと」を言う方が圧倒的に価値がある。
意見とは相手の合意を元に成立するからである。
また、自分が「言いたいこと」を言うよりも
「言うべきこと」を言うには高いレベルのスキルが要される。
特にハードな議論を展開するには相当の準備と労力が必要なのである。

この相当の準備と労力と厭うことが軽視されている点が、
建設的な議論ができない一番大きな理由である。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  - -

TITLE : 日曜日はTOEICを受けてきました。

日曜日は二日連続で金沢へ行き、TOEIC試験を受けてきました。

公式で受けるのは実は一年振り。

目標点数はとりあえず600点。

今回は傾向が変わったので、少し緊張したけど、

「聞こえるよ!聞こえるよっ!」

叫びたくなるくらいリスニングが向上したのが分かった。
たぶん、ドイツでの効果があったのではないかと。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(0) trackbacks(0)

TITLE : 『この闘いが終わったら放浪の旅に出よう。』

あ〜。予定通りに行かない。
立てた計画もすぐに遅れを生じてしまう。

本当に自分はダメな人間だとつくづく思う。

時間がない。

能力もない。

そんなダメな自分にムチを入れるために
この闘いが終わったら、放浪の旅に出ようと思った。



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TITLE : 久々に涙した。

今、大流行の「鏡の法則」ですが
Web上でのPDFで読むことができます。

鏡の法則
http://coaching-m.co.jp/payforward.htm

読者の90%が涙した、というのは、まんざらでもありません。

疲れているあなたに。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(1) trackbacks(1)

TITLE : 趣味は読書です・・・か?

「趣味は読書です」と聞いて、話が盛り上がった試しはない。
そして、今後も100%ないかと思う。

まず、僕にとっても「趣味は読書です。」の定義は二つある。
一つ目は、書庫を持っていることだ。
本は買って読む。本は汚して読む。
本には蔵印を押す。

そうしたら、自然と書庫はできるはずである。

二つ目は、卓越した文章を書けることだ。
読書とは「文章を書くこと」である。
文章が書けない人は文章が読めないに等しい。
これは間違いなく言い切れる。

また、読書家にも二つの定義がある。
一つ目は、読書している自分が好きだから読書している人である。
つまり、自分を知的に見せたいがため、わざと難しい本を読んだり
難しい言葉、難しい言い回しを用いて、自己陶酔に浸っている人である。

二つ目は、本を本当に心の底から愛している人である。
こちらは狂気的である。
究極の孤独と対峙において読書を選んだ。
そして、知的誘惑へと駆り立てられ、
麻薬的に読書に陶酔してしまった輩である。

こんな定義づけをしたところで何もならないけれど、
自分がいかに偏った人間であるかがわかる。

このブログを「面白い!」と言ってくれる
ごく数人のためだけに書く記事である。
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TITLE : 軽井沢に旅行して来ました。




人生観が変わったような気がします。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(1) trackbacks(0)

TITLE : 今更ながらBank band

沿志奏逢
沿志奏逢
Bank Band
ちょっと紹介するのが遅かったのですが
Bank band 染みますね。

働く全ての大人にオススメします。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(0) trackbacks(0)

TITLE : 細木数子が言っていたこと

細木数子が珍しく良いことを言っていた。

女性には4つの側面がある。

それは
1,女として
2,母として
3,妻として
4,嫁として
この4つの中の一つが欠ければ、人生のバランスを崩すことになる、と。
ということは女性は結婚しないとお話にならないのである。

そして、
20代は女として
30代は妻として嫁として
40代は母として自分を磨く瞬間である。

この瞬間を逃すと、また人生のバランスが崩れるらしい。

反面、男は生まれたときから死ぬときまで子供らしい(笑)
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(0) trackbacks(0)

TITLE : 社交性から見える現実と虚構の区別

http://umi.no-ip.com/simple/pdone.html?id=373

クリスマスに、しがないネタを一つ。

名前は忘れたが、ある書籍で
成功者に共通するものは何か、という研究がなされたことがあるらしい。

成功者とは自分のありたい姿に到達できた人間のことである。
すると、成功者に共通してみられたものは

「社交性」であった。

決してIQの高さでもなく、環境でもなかった。

社交性の高い人間は自分が持っている世界を飛び越えることができる。
よって、自分の世界では知れないような優れた人物に出会うことによって
より高い者を目指すために努力を惜しまないらしい。

反面、予期せぬ失敗を繰り返す人間の共通点とは

「井の蛙、大海を知らず」であったこと。

狭い世界で狭い人間関係で自分を磨いていたため、
時には世間のレベルより高いケースもあるが
常識的でない文化や知識を身につけてしまっていることを多いらしい。

特にTVゲームに没頭する人間は
現実と虚構の差を公認できない傾向があるらしい。

本当に世の中には色々な価値観の人がいる。
自分に同調してくれる人なんて、ほんのわずかだ。
人生に勝っても誰も褒め称えてくれない。
人生に負ければ、人からとやかく言われる。

しかし、TVゲームは自分には同調してくれる。
TVゲームに勝てば、褒め称えてくれる。
TVゲームに負ければ、リセットすればいい。

そう言った心理からTVゲームにのめり込む人が多いらしい。

社交性が高い人間は
他人が持っている様々な価値観を尊重することができる。
だから、多くの情報を人からもらえることができる。

しかし、社交性が低いと、
自分の価値観をゴリ押しして自分の面白いこと、
都合がいいことしかしないため同調性を失ってしまうことが多い。
そして、排他的になり、かつ閉鎖的になる。

和して同ぜず、ということが重要であるのに。

そして、また社交性が高い人間は社交性が高い人間で群れる。
そして、社交性の低い人間はゲームに走る。

よって成功する者と失敗する者に二分化するのである。
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TITLE : 必要を超えた「学び」

卒業に必要な勉強。

資格のために必要な勉強。

昇進のために必要な勉強。

色々な勉強が世の中には存在しています。
勉強すれば○○円の収入を得れる。

勉強すれば○○という座につける。

勉強すれば○○大学卒業の資格がもらえる。

勉強には様々な結果があります。

しかし、世の中には「目に見えない学び」があります。

それは・・・

「言語の貧困」から解放されるための学びです。

私たちが持つ言語能力の乏しさ。語彙力の少なさ。

自分の意見を自分の言葉で言う。
人の意見を聞き、解釈する。

それを成し遂げるには、目に見えない学びが必要なのです。
その学び方は自分自身の頭で考えなくてはならない。
そう師から教えられました。

言語の乏しさは未来の可能性を失わせる魔力がある。

その警鐘が鳴り続けていることに
気づかなくてはならないのかもしれません。
posted by Kohei Ishikawa  [ 哲学 ]  comments(1) trackbacks(0)